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トランクルーム堺

2014年12月05日
大阪府の大和川以南の大阪湾沿いを「泉州」と言いますが、最も大阪市寄りが堺市です。

トランクルーム貝塚は文字通り貝塚市で、堺市から車で30~40分ほどです。

堺からのお客さんが多いのも、こういった交通アクセスの良さもあるのでしょう。


しかし、中学生くらいまで堺市なんて、とんでもなく遠い印象でした。

どちらかと言うと、泉州より大阪市に近い印象でした。

大阪府で大阪市に次いで2番目に人口が多いですし、江戸時代は自由都市として栄え、戦後は阪神工業地帯の一角として工業が盛んで、堺東駅周辺には大阪市内の様にビルが建ち並んでいたのです。

地元貝塚の主力産業が農業と織物業とワイヤロープだけで、3階以上の建物が殆んどなかったのと大違いでした。

そういう意味で、子供の頃から「都会への憧れ」や、昔から「人とは違った」事が好きだった為に、高校もわざわざ堺市の鳳高校を選んだのでした(旧5学区制の最期の年)。

高校に入学してまず驚いたのが、「言葉が違う」事でした。

また堺以外の男子中学生は丸坊主が殆どで女子はショートか三つ編みでしたが、堺の男子は長髪で、女子のロングヘアでオシャレなのにはビックリしました。

カルチャーショックと言うのは、こういう事を言うのでしょう。

同じ泉州でも、我々が普段使っている泉南弁とは違い、堺市は大阪市内の言葉(大阪市内弁)に近かったのです。

泉北弁というか、堺弁とでもいうのでしょうか?

また、親がサラリーマンというのが多いのにも驚きましたね。

中学までは、だいたい農業か織物でしたから。

サラリーマンでも、親が大学教授や教師、警察官、弁護士なんて、今まで聞いた事もない職業にも驚きました。

極めつけが、堺の地場産業である自転車関連の会社を父親が経営している友人宅に遊びに行くと、そこのお父さんがニューヨークの得意先へ英語で国際電話をしているではありませんか。

これには、ホント驚きましたね。

親が英語で仕事をしているなんて、想像もできませんでした。

中学生から高校生になって、ホント世界が急に広がりました。

部活は、どこの高校でもあるブラスバンドではなく、大阪府下で3校しかなかったバイオリンやチェロといった弦楽器の入った管弦楽団(オーケストラ部)でした。

中学時代は陸上技競技部でしたので、運動部に入ろうという事で最初はチョットだけラグビー部に入りましたが、途中からブラスロックのシカゴに影響されて、どうしてもトランペットが吹きたくなったのです。

当時バイク通学がOKだったり、校則はあってないようなモノで、遠足は各クラスが自分達が自由に決め、私服の現地集合現地解散でしたし、文化祭でも自分たちで好きな事をやり、自由が満ち溢れすぎ、逆に戸惑ったものです。

ただ、体育の必須の柔道とラグビーだけがメッチャ厳しかったのが思い出に残っています。

柔道は授業2回目からもう乱捕りをして、首を締められて失神で「落ちた」者もよくありましたし、ラグビーも芝生でないのに普通にタックルをしましたので怪我もよくありました・・・

今なら問題かもしれませんが、闘争心を養うという意味で、しごかれて「ヨカッタなァ・・・」かもです。

まァ、自由な雰囲気だったのも私が入学する前年まで、ヘルメットにゲバ棒で暴れた学生運動が激しく、その「反動」だったようです(校舎がペンキの落書きを消した跡だらけでした)。

逆にそれを見て、「オモロそうやなァ」と思ったのです(笑)

まァ、中学生まではあまり自分で「考える」事はなかったのですが、高校では勉強は出来ませんでしたが、自分で物事を考える事の重要性を学んだような気がします。

という事で、貴重なハイティーン時代に堺で高校生活を過ごした訳ですが、大阪府全体の人口が890万人、大阪市が250万人、堺が83万人、岸和田が20万人、和泉18万人、貝塚9万人・・・

というのを考えると、トランクルームビジネスに関して、大阪市内は別にして、同じ泉州でも「貝塚の9倍」ある堺のマーケットを無視できないと感じる今日この頃です・・・
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